固定バイアス回路を設計してみる

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固定バイアス回路は図1のようなシンプルな回路ですが、トランジスタによる増幅回路の中で最も基本となる回路です。なお、固定バイアス回路には2電源方式と1電源方式がありますが、ここでは1電源方式を説明します。

図1 1電源方式の固定バイアス回路

固定バイアス回路の設計仕様

これから設計する回路の仕様は次のとおりです。コレクタ電流は、周波数特性や雑音特性等を考慮して決定すべきですが、ここでは簡単にするために計算のしやすい1mAとしています。

電圧利得AV200倍(46dB)
コレクタ電流IC1mA
入力信号±0.01V、1kHzの正弦波

図1を見るとわかるように、固定バイアス回路は抵抗2つとコンデンサ2つ、トランジスタだけの回路です。トランジスタは汎用の2SC1815(GRランク)を使用することにします。また、電流増幅率hFEは300とします。

以下では、抵抗とコンデンサを決定していきます。

ベース・バイアス抵抗の決定

固定バイアス回路の抵抗RBは「ベース・バイアス抵抗」と呼ばれます。まずは、この抵抗値を決めます。

トランジスタの基本性質により、ベース・エミッタ間電圧VBEは0.6Vです。図2からわかるように、RBの両端電圧とベース・エミッタ間電圧を足すと、電源の電圧(15V)となります。したがって、RBの両端にかかる電圧は、$15\rm{V}-0.6\rm{V}=14.4\rm{V}$となります。

図2 ベース・バイアス抵抗の電圧

ベース電流IBにhFEをかけたものがコレクタ電流IC=1mAとなることから、$300\times I_B=1\rm{mA}$です。よって、$I_B=0.003\rm{mA}$となります。

電圧と電流がわかったので、RBはオームの法則より、
$$R_B=14.4\rm{V}\div 0.003\rm{mA}=4800\rm{k}\Omega$$
となります。$4800\rm{k}\Omega$の抵抗はE24系列にはないため、近い数字である$4700\rm{k}\Omega$を選択することとします。

図3 ベース・バイアス抵抗の決定

コレクタ抵抗の決定

固定バイアス回路では、コレクタ抵抗RCによって利得が決まります。電圧利得AVは、
$$A_V=\frac{h_{FE}\cdot R_C}{h_{ie}}$$
で計算できます。

ここでhieはトランジスタの入力インピーダンスです。入力インピーダンスはデータシートのhパラメータのグラフから求めるほか、電流増幅率hFEとコレクタ電流IC(単位はmAを使用)を用いて近似値を算出することができます。
$$h_{ie}=\frac{h_{FE}\cdot 26}{I_C}$$

hパラメータのグラフからhieを読み取ってみると、8kΩよりやや低い値であることがわかります。

図4 2SC1815のhパラメータ

一方で、電流増幅率hFEとコレクタ電流ICから計算すると、
$$h_{ie}=\frac{300\times 26}{1}=7800\Omega=7.8\rm{k}\Omega$$
となります。両方の結果を勘案して、$h_{ie}=7800\Omega$とします。

電圧利得を200倍としたいので、上記の電圧利得の式より、
$$200=\frac{300R_C}{7800}$$
これを解いて、$R_C=5200\Omega$となります。$5200\Omega$の抵抗はE24系列にはないため、近い数字である$5100\Omega$を選択します。

図5 コレクタ抵抗の決定

結合コンデンサの決定

固定バイアス回路の入力の直後、出力の直前にあるコンデンサは直流電圧をカットして交流成分だけを入出力するための結合コンデンサです。極性のあるコンデンサを使用する場合は、入力信号は無視して直流回路のみを考えて極性を決定すれば良いので、図のようにトランジスタに接続する側を正とします。

結合コンデンサは入力側については入力インピーダンスと、出力側については出力端子に接続される抵抗とでそれぞれハイパス・フィルタを形成します。そのため、小さな値にすると入力信号がとおりにくくなるので、ここでは、入力側も出力側も10μFとします。

入力インピーダンスは、ベース・バイアス抵抗RBとトランジスタの入力インピーダンスhieを並列合成した値になります。上記の計算により、RBは4700kΩ、hieは7800Ωなので、並列合成値は7787Ωとなります。

入力側の結合コンデンサと入力インピーダンスによるハイパス・フィルタのカットオフ周波数$f_c$を計算すると、
\begin{eqnarray}
f_c&=&\frac{1}{2\pi CR}=\frac{1}{2\pi\times 10\times 10^{-6} \times 7787}\\[5pt]
&=&2.04\rm Hz
\end{eqnarray}
となるため、入力側の結合コンデンサの容量は10μFで十分と判断されます。

出力側の結合コンデンサによるハイパス・フィルタのカットオフ周波数は、出力端子に接続される負荷によって変化します。ここでは10μFとしましたが、負荷によって変える必要があることに注意が必要です。

図6 結合コンデンサの決定

シミュレーション結果

回路が設計できたので、実際に入力信号を加えてみて、どのように増幅されるか見てみたいと思います。ここでは、実際に回路を組むのではなくLTspiceを用いてシミュレーションを行います。

上記で設計したとおりに回路を組み、入力信号を設定します。

図7 LTspiceでのシミュレーション

シミュレーション結果は図8のようになりました。

図8 シミュレーション結果

-0.01V~0.01V(0.02Vp-p)の入力信号が、-2.19V~1.56V(3.75Vp-p)に増幅されました。増幅率は187倍なので、想定した200倍よりもやや低く、正側よりも負側の方に大きく歪んではいますが、増幅できていることがわかります。なお、出力信号は入力信号と位相が180度ずれるため、信号は反転します。

増幅率が200倍以下となったのは、RBの抵抗として4800kΩではなく4700kΩを用いたため、IBが0.003mA、ICが0.9mAとなったことが一因です。このとき、hieは300×26/0.9=8666Ωとなります。これらの数字を上記の電圧利得の式に当てはめると、
$$\rm A_V=\rm \frac{300\times 5100}{8666}=176$$
となるので、利得の減少と概ね整合します。

また、正側よりも負側の方に大きく歪んでいるのは、トランジスタのVBE-IC曲線のうち増幅に使用している部分が直線ではなく、わずかながらカーブしていることが原因です。

固定バイアス回路の欠点

固定バイアス回路による増幅回路は設計が簡単ではあるのですが、増幅率がhパラメータに依拠しているため、温度によってhパラメータが変化します。その結果、温度が変わると増幅率も変化することになります。

また、そもそもトランジスタによって電流増幅率にバラツキがあります。上で使用した2SC1815のGRランクであっても電流増幅率は200~400とかなりの幅があります。電流増幅率が違うと、ICが変化し動作点が変わるので、増幅率も変化します。

このように、固定バイアス回路では動作が安定した回路を組むのは難しいことがわかります。この問題を解決するためには、バイアスを工夫したり、負帰還によって増幅率を犠牲にしながら安定させることなどが行われます。

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